中西:加藤さんがエンタテインメント事業に関わるきっかけは、お父様の影響もあるようですね。
加藤:中西さんはご存知ですが、私の父親はもともと大阪で色々な事業をやっていた人間で、浪曲、落語、民謡、詩吟などの興行も手がけ、レコード会社も持って
いました。ローオンレコードという社名で、一時期は日本の浪曲の音源を一手に扱っていたようです。
中西:浪曲は戦後、日本のエンタテインメントの中心だった時代がありますし、まさにライブ・エンタテインメントのルーツの一つだと思います。
加藤:私が22歳の時に父親が亡くなってしまったのですが、当時の大阪の芸能界の状況を踏まえて、興行やレコード事業をこのまま引き継ぐには難しい時代だと感じていました。それもあってレストランやホテル、リゾート施設をプロデュースしたり、商業空間のプランニングや設計の仕事が中心になっていったんです。でも、色々とプロデュースさせていただくうちに、日本のあらゆる娯楽空間において、「音」についてのプロデュースが一番遅れていると気づいたんです。その空間に適していて、お客様により楽しんでいただくためには、どんな音が必要なのか。自分でもそこに力を入れていきたいと思いました。それと我々は飲食店も手がけていますが、何かを召し上がって「おいしい!」と涙を流すお客様は、たぶんいないと思います。一方でエンタテインメントでは、多くの人々が感動して、歓喜の声を上げたり、涙を流す。すべての娯楽産業の中で、エンタテインメントが最も感動に近いとするならば、私達の事業とどんどん連動させていきたいと思いますし、色々なエンタテインメント企業の方々から勉強させていただきたいと考えています。
中西:我々のほうこそ加藤さんの事業から学ぶべきことが多いと思います。つるとんたんのいちファンとして思うのは、美味しいだけでなく、お店のスタッフの接客、サービスが素晴らしい。やっぱり「人」が大事なんですよ。自分が働く店を愛して、お客さんのために働くことが、わざとらしくなく、すごく自然にできるオペレーションを加藤さんが完成させた時に、つるとんたんは圧倒的に素晴らしいお店になったんじゃないでしょうか。第一、スタッフ全員がインカムして接客するうどん屋さんなんて、他にないですよね。
加藤:確かにそうかもしれません(笑)。
中西:ホント、スタッフ同士がどんなやり取りをしているのか、盗み聞きをしたいくらいですよ(笑)。人気の六本木店だと、入るまでに長く待つんですけれど、入ってお店で時間をすごすといい気分になって、また来ちゃう。つるとんたんだけではなく、たとえば箱根や熱海のリゾート地にある旅館では、宿泊客に左利きの人がいれば、
ちゃんと逆にお箸がセットされている。僕などは、食べ物の好き嫌いが多くてご迷惑をかけちゃうんですが、顧客一人ひとりの好みにきめ細かく対応してくれるので、行く度に驚いてしまうんですよ。その他にも……ちょっとホメすぎですかね(笑)。
加藤:いえいえ、ありがとうございます(笑)。もちろん、至らない点はまだまだ多いですが、最終的にはスタッフ一人ひとりがお客様の喜びこそ自分の喜びだと心から思えて、仕事を楽しめるか、チーム全体もそういう気持ちでまとまれるか、そこに尽きると思います。接客のマニュアルや人材育成の仕組みもありますが、それだけを追求していくと、大手のチェーン店レストランと変わらなくなってしまいますので、私達はあまり強化してないんです。まあ、でも本当にまだまだ、まだまだですよ。