会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

メダリストの育成より大切な東京オリンピック開催の意味

ライブ・エンタテインメントとスポーツ 東京オリンピックが僕たちにもたらすもの

撮影:宇都宮輝(鋤田事務所)

「オリンピックは、スポーツのためだけではなく、 社会のためにやるものという意識を浸透させたい」
「音楽やスポーツなどの文化を学んで、 世界に向けて表現することは大事だと思います」

今年9月7日、ブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会で、2020年夏季オリンピック/パラリンピックの開催都市に東京が選ばれました。このニュースは、今後も様々な産業に影響を及ぼすことが予想されますが、私たちのライブ・エンタテインメント業界にとっても大きな出来事です。東京を中心とした競技場や交通網のインフラの整備。そして、全国に波及する経済効果。開催時には、これまでコンサートプロモーターが培ってきた会場運営のノウハウが必要とされることもあるはずです。各方面で準備が始まっているこのタイミングで、中西健夫ACPC会長が連載対談のゲストに指名したのは、世界選手権の男子400mハードルで日本人初の銅メダルを二度獲得、オリンピックにも3大会連続出場した「侍ハードラー」、為末大さんです。アスリートとしての経験をベースに、現役を退いた現在も幅広い視野でスポーツをとらえた活動を続ける為末さんと、東京オリンピックのあるべき姿、ライブ・エンタテインメントとスポーツの未来を考えてみました。

中西:僕はもともとスポーツ全般が大好きなので、為末さんとも友人を介してお会いするようになりましたが、印象的だったのは1年以上前からオリンピックの東京招致について熱心に話されていたことです。その頃はまだ、オリンピックの話題は全然盛り上がっていなかったですよね。僕は当時から大賛成でしたけれど、世間一般では追い風は吹いていませんでした。

為末:確かにそうです。風は吹いていませんでした(笑)。正直なところ、僕の周囲でも「(2016年の招致は実現しなかったのに)また招致活動をやっているんですか?」といった反応でしたね。

中西:むしろ否定的な意見が多かったでしょう。

為末:僕は別にオフィシャルな肩書きをいただいて活動していたわけではありませんので、自分の経験も含めてオリンピックの素晴らしさを色々な場所でお話していただけなんです。その中で、僕がいつも気になっていたのは、スポーツ界主導でオリンピック招致が進むと、そこに向かってメダリストをどう育成するかという話ばかりになってしまうことでした。確かにそれも大事な一面ですが、本来オリンピックが開催されることの影響は、もっと大きなものだと思うんです。首都高速道路や東海道新幹線も、1964年の東京オリンピックに合わせて建設されたものですし、たくさんの競技場や施設も作られたわけです。だからオリンピックは、スポーツのためだけではなく、社会のためにやるものだという意識を浸透させるべきだと考えていました。

中西:実際に現在の東京のインフラは、1964年にオリンピックが開催されたことによって整備されたといってもいいわけですからね。

為末:開催地には通常ではあり得ないくらいの人が世界中から集まることになりますよね。東京オリンピックを観にきた人たちに、どんな交通手段を使ってもらって、宿泊はどうするのか、どんな会場で競技を観てもらうのか、開会式の演出はどうするのか……本当に色々な側面があります。僕の経験でいえば、シドニー・オリンピックに参加した時、選手村でボランティアの方が本当に良くしてくれて、感激したんです。それ以降、世界中でシドニーという都市の素晴らしさを吹聴して回るようになりましたが、そういう機会を2020年には東京が得ることになります。東京の、そして日本の素晴らしさを世界に伝えて、国内の気運も高めるチャンスなんですよ。

中西:為末さんのように、リアルにオリンピックを経験した選手の目線で語ることは、とても大事だと思います。でも、これまでアスリートがオリンピックの構想全体について発言する例は少なかったですよね。

為末:僕はスポーツをやってきて、スポーツが選手をチャンピオンにするためだけのツールなのかという思いをずっと持ってきました。それはスポーツの役割の、10%から20%に過ぎないんじゃないかと。スポーツはもっと他に使い方があるはずだと考えていたんです。海外で練習していると、グラウンドには子供からお年寄りまで、本当に幅広い世代の人たちがいるんです。朝は子供が遊んでいて、昼間はおじいちゃんやおばあちゃんがペタンクという競技をしに来る。夕方くらいにサッカー教室が始まると、今度は仕事帰りのお父さんが集まる。スポーツが地域のコミュニティを作る役割とか、家族の健康を維持する役割を担っているんです。

中西:例えばブラジルだと、3世代、4世代の家族が一緒に暮らしていますよね。それで、家族みんなでサッカーを楽しみ、一つのボールを蹴っていたりする。日本では今、家族が一緒に何かをやる機会は少なくなっていますから、スポーツが担う役割は大きいはずです。

為末:「スポーツ」の語源は、ラテン語の「デポルターレ」(deportare)だといわれていますが、「発散する」とか「憂さ晴らしをする」という意味で使われていた言葉だそうです。つまり、言葉が生まれた当初は、身体を動かすだけではなく、単純に楽しいことをしたり、何かを表現したりすることも示していたんだと思います。それがいつからか、現在のスポーツのように、競争して勝つことが一番大きな意味を持つようになってしまった。語源を見つめ直してみても、本来はもっと豊かなものだったことが分かるんです。


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