会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

働く現場としての放送局

自分が変わる。制度を変える。
2段階の進化が必要だと思います。
中西健夫
コンサートプロモーターズ協会会長

中西:社長に就任された直後、コロナ禍に突入した頃を改めて振り返ると、いかがですか?

檜原:誰もが家に閉じ込められていた状況では、ラジオというメディアが一番フレンドリーだったんじゃないでしょうか。休眠リスナーといいますか、しばらくラジオから離れていた大人の方はもちろん、あらたに若い人達からもラジオを身近に感じていただけたと思います。

中西:radikoで聴けるようになったことも大きいですよね。

檜原:コロナ禍の3年間で確実に証明されたのは、ライブであること、生での体験に勝るものはないということだと思います。放送だけではなく、ライブ・エンタテイメントもそうですよね。もちろん、デジタルについても、リモート会議から配信コンテンツまで便利さは証明されて、メタバースにしろARにしろ、可能性は広がっているわけですけれど、生のエクスペリエンスの代えがたい強さが結果的に見えてきたのだと思います。ただし、課題も見えてきて、あるゆる面でコストが高騰している点にどう対処していくかがポイントになってきました。

中西:これは本当に尋常ではない状況になっています。

檜原:コンサートのチケット代も、以前からダイナミック・プライシングが話題になっていますが、全体的な価格は上がっているじゃないですか。別にチケットだけではなくて、色々なものの値段が上がっているのですが、危惧するのは経済的に余裕がある人がどんどん高いVIP席を買い、一般の人との間に分断が起きることです。コンサートやお芝居を、一般の人が日常的に観られる環境がないと、文化度が低下するといいますか、よくないと思いますね。

中西:これはプロモーターにとって非常に難しい問題なんです。僕自身も最近は迷っています。自分の中で腑に落ちていない。金額のことだけではなく、例えばチケットがデジタル化されて、記名された本人以外は入場できない公演があります。チケットの高額転売に対する企業防衛の一つとして、これは本当に必要なことです。一方で本来チケットって、自分の好きなアーティスト、お芝居を観てもらいたいから誰かにプレゼントするものでもあったはずだ、と考える自分もいるんです。がんじがらめにしすぎると、自分で自分の首を締めることになるんじゃないかと思う、もう一人の自分が。だからスッキリしないんですよ。

檜原:矛盾を感じるんですね。

中西:そうです。

檜原:私も同じですが、企業のためにはどうしてもそうせざるを得ない部分もたくさんあるし、本来あったエンタテインメントの自由な部分を取り戻したい、新しい可能性を探りたいという気持ちもあります。

中西:本当にいつも自問自答していて、答えは見つからないのですが、音楽はもっと自由なもので、さらに裾野を広げられるんじゃないかと思うんです。

檜原:難しいですよね。人手不足という大きな問題もありますし。

中西:働き方改革への対応を含めて、ライブ・エンタテインメント業界でも人手不足に直面しています。

檜原:放送業界でも残業時間の規制など、もう何年も前から厳しく言われています。国の方針ですので、当然従わなくてはいけないのですが、ご存知のように放送は24時間やっているわけです。だから深夜勤務もあれば早朝勤務もある中で、なんとか対応しています。でも、現実的には難しいですね。最近の20代の方々は、あまり過酷な仕事は望んでいないのも事実ですし、ワークとライフのバランスを取ることが当たり前になっている傾向の中で、どう業務を切り盛りしていくか。プラスしてコストの問題も出てきます。

中西:すべての業種、仕事を同じ物差しで考えるのは、やはり無理がありますよね。とはいえ、僕は文句を言う前に、自分達のことを見つめ直す時期にきているとも思っています。本当によくないと思うのは、「好きな仕事をやっているのだから、報酬は安くていいじゃないか」という昔の悪しき考え方なんです。それはもう通用しないのは確かですから、経営者はなんとかいい塩梅、落としどころを探らなくてはいけないでしょう。

檜原:業界全体が進化しなくてはいけないですよね。

中西:進化するためには、自分自身が変わらないといけない。自分が変わったら、制度も変えていかないといけない。その2段階の進化だと思うんですよね。

檜原:これから新卒で入社してくる若者は、コロナ禍のリモート授業ばかりで大学にも行けなかった、友達との交流もなかったわけですから、会社という環境に慣れるだけでも大変でしょう。受け入れる側の対応も求められます。

中西:マスクをとるのも恥ずかしいと感じるのかもしれませんね。

檜原:集団、組織、チームに慣れていないのが一番難しいと思います。でも、もちろん優秀な人材はいると思うんですよ。

中西:こういう環境にいたからダメじゃないか、ではなくモチベーションを盛り上げて、育てていくやり方にしていかないと。

檜原:高齢化社会で人口も減っていくわけですから、企業間の人材の争奪戦も激しくなっています。そうなると賃金を上げざるを得ない。賃金を上げたとしても、国は労働力の流動性を高める意図も持っているわけですから、3年で転職希望者が出てきます。さらに言えば、そんな中、長期で会社の力になってくれるプロフェッショナルを育てなくてはいけなくなります。

中西:どうすればいいのか、本当に見えにくいですよね。働く側の目的や目標が曖昧になっていますし。昔は「社長になりたい」「成功してお金持ちになりたい」と目標が分かりやすかったですが、今は「いや、社長なんか絶対なりたくない、大変な仕事はやりたくない」と考える人もいるでしょう。


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