会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

エンタテインメントは習慣のひとつ。 普通に存在するもの。その感覚を 日本でも根付かせるために。

―山崎さんがお仕事を始めた当初のコンサートの状況を教えてください。

山崎:私が仕事を始めたのは、1971年から72年くらいのことで、かれこれ50年近く前の話になりますけれど、その当時はそれほどコンサートが盛んではありませんでした。海外からアーティストが来日しても、ニュー・ラテン・クォーターを含め、ナイトクラブでのショーとか、週末に米軍キャンプを回ることが中心で、最終日の1公演だけが一般のお客さん向けのコンサートになるような状況でしたね。
戦後、永島さん(永島達司。日本を代表するプロモーターとして知られ、1953年にキョードー東京の前身にあたる会社を設立)がアメリカのエージェントやマネジメントを訪問して、アーティストの来日要請を30カ所、40カ所で行なっても、戦後の貧しい日本なんて誰が行くんだというくらい、ほとんど門前払いだったと聞いています。でも、米軍というのは日本の中にあってもアメリカで、治外法権ですから、普通にコンサートができるわけです。そこから一般の日本人向けに、コンサートが広がっていったのではないかなと思います。

―海外アーティストの来日公演が、広く一般に定着したきっかけは、どんなことなのでしょう。

山崎:全国の労音や音協、民音などの音楽鑑賞団体(大衆が文化芸術に触れる機会を提供するために活動していた、会員制の全国組織)が急成長して、日本の洋楽を大きく発展させたと私は感じています。
ベンチャーズで私は年間120公演の全国ツアーを実施しましたが、1973年、74年は鑑賞団体だけで全国80公演とか、そういう時代がありまして、その後キョードーグループが全国に展開して、自社で招聘したアーティストの一般公演が行われるようになってきました。とはいえ、30年前、40年前はプロダクションサイズも粗末なものだったと思います。ロック・バンドのシカゴやグランド・ファンク・レイルロードが機材を持ち込んで、さらにPAでもこれとこれを現地で用意しろといわれても、指定されたものがまだ揃えられないような時代であったことも事実です。フェンダーのベース・アンプを用意しろといわれて、新幹線で大阪までアンプを担いでいったこともありました。

―洋楽のコンサート市場の転換点とは?

山崎:レット・ツェッペリン(71年、72年来日)と同時期にポール・モーリアの全国公演で50回超が満員になったり、カーペンターズも来日していたり(72年、74年、76年来日)、本当にいい時代だったんですが、それから10年くらいで急にマーケットが変わりました。日本のアーティストの活躍で、ナショナリティが芽生えたのではないかなあと。いつまでも外国人のあとを追いかけているんじゃないよ、この国にはこんなに素晴らしいアーティストがいるんだということで、それは非常にいいことかなと思っていましたが、洋楽のコンサートがビジネス的にはシュリンクしていったことも事実ですね。

―当時の体験から培われた、山崎さんがコンサートをプロモートする姿勢、考え方はありますでしょうか。

山崎:米軍の仕事を通じて感じたのは、アメリカではエンタテインメントは生活習慣のひとつで、普通に存在するということです。家族やガールフレンドと毎週末には必ず何かを観にいきますし、エンタテインメントは絶対に必要なものなんですよ、と知らされました。
私にとって、この習慣を日本でどうやってつくっていくかが人生のテーマというか、会社のテーマになっていると思います。エンタテインメントは人生を豊かにするもので、食事と同じように、いい洋服を着ることと同じように、必要なものじゃないかなという気持ちでがんばっています。
それと、日本のコンサート市場が成熟していくのはいいことですが、もっと外のことも積極的に理解しようよと。CD市場も国内アーティストのシェアが75%から80%を占めるようになって、それはそれで素晴らしいことですけれども、洋楽のコンサートはお客さんがなかなか入らなくなってしまった。そこのところを変えてみたいと思います。3回に1回とまではいいませんけれども、10回に1回くらいは外国のものにも触れてもらいたいなあと、そういう思いはすごくありますね。
すべてではないんですけれど、うちでも多くの社員は、「海外出張へ行かない?」というと、「いやいや、海外は……」となるんです。自分の興味が向く色々なところへ行ってみたい、触れてみたいという気持ちや、好奇心があまりないんですよね。だから今、海外出張に行く時は、できるだけ若い社員を連れていくようにしています。

―山崎さんのお考えを実現するためには何が必要なのでしょうか。

山崎:我々の問題点は、コンテンツを供給する側というか、プロデュースする側が、表現する場を持てないことです。我々がいくらがんばっても、都心で2000席前後のキャパシティの会場を持つことは、なかなかできないですよね。これを我々が持てれば、日本人の習慣が変わると思います。作曲家は五線譜さえあれば表現できる。画家には白いキャンバスがあれば表現できる。では、コンサートプロモーターには何が必要かというと、場所さえあればなんでもできるんです。これからのテーマはそこにあるのかなと思うんですよ。とはいってもなかなか難しい。それをどうしようかという話が、次なる課題ですね。


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