会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

対談:世界の音楽市場と日本

北川直樹 PROMIC理事長 ソニー・ミュージックエンタテインメント代表取締役コーポレイト・エグゼクティブCEO×山崎芳人 ACPC会長 キョードー東京代表取締役

日本の音楽を世界に届ける第一歩は、まずライブから踏み出すことが重要

東京国際ミュージックマーケット(TIMM)を経済産業省と共催する音楽産業・文化振興財団(PROMIC)は、業界を代表する音楽関連団体、レコード会社、音楽出版社、放送局などの賛助会員で構成されています。93年の設立当初から「アジア諸国の音楽産業・音楽文化の調査・研究」「日本音楽産業・文化の普及・啓発」を事業内容に掲げ、業態の垣根を越えて「世界の中の日本」を意識した活動を続けてきました。これまでのPROMICの活動を踏まえて、北川直樹理事長が山崎芳人ACPC会長(PROMIC理事も兼任)と、海外進出におけるライブ・エンタテインメントの重要性と日本のコンサート・プロモーターの役割について語り合いました。

日本独自のサポート

世界の音楽産業と比較して、日本にはどんな特徴があると考えていらっしゃいますか。

北川直樹PROMIC理事長

次のアーティストを育てていく土壌があるのが日本

北川:日本の音楽産業はマーケットが縮小傾向にあるのは事実ですが、世界の音楽市場から見ると、うらやましがられる面がまだ残っているんです。すべて音楽配信に移行したわけではなく、CDのパッケージが一定のシェアを保っていますし、渋谷のHMVは残念ながら撤退しましたが、都心にはCD店がまだあるじゃないですか。マンハッタンには、もうないですからね。

山崎:ブロードウェイの一番いい場所にあったHMVが、オモチャの量販店になってしまいました。

北川:あれがアメリカの音楽産業の状況を象徴していると思います。日本はライブに関しても、実際に動員は少しずつ伸びていますよね。LIVE NATIONのやり方は、マドンナなどの大物を中心にチケット販売からマネージメントまで、すべて関連会社で手がけるシステムですが、それは大物アーティストだからできることであって、新人を一から育てるという感覚はないでしょう。日本には次世代のアーティストを根気強く育てていく土壌が、まだあると思います。こういった日本の独自性は、これからも維持していくべきじゃないでしょうか。

山崎:世界中のプロモーターと比較したわけではないので断言はできませんが、日本のプロモーターは、おもてなしの心で、きめの細かいサポートをするという点では、独特なのではないでしょうか。おそらく世界一、アーティストに対するケアがいいと思います。これはプロモーターのことだけを言っているのではなく、ライブという空間を作るサポーターとしては、日本人は優秀ですよ。

北川:おっしゃる通りですね。海外だったら、楽器のことから何から、みんなアーティスト自身がやらなきゃいけない(笑)。日本のアーティストが海外でライブをやると、自分達が日本でどれだけ大事にされていたか、きっと驚かれると思います。バックヤードもホスピタリティも、すごくしっかりしていますからね。

山崎芳人ACPC会長

日本のプロモーターにあるのは「おもてなしの心」

山崎:もちろん、だからと言って日本のアーティストが海外でライブをやる時、日本のライブ関連のスタッフを、すべて連れて行くわけにはいかないでしょう。国によってはユニオンの問題もありますし。日本から行ったクリエイティブ・チームが、システムなりフォーマットなりを作って、あとのオペレーションは現地の人達にお願いするという形が増えるのではないでしょうか。日本側があまりでしゃばらず、その国のスタッフを尊重するようにしないと、仕事が成立しないかもしれませんね。

北川:逆に今、急激に人気が出てきている韓国のグループが日本でツアーをやることになった場合、日本のプロモーターの方が担当されることになるわけですよね。機材から始まって、会場の問題など、インフラがすべて揃っていますから。その場合、日本のアーティストが海外でライブをやる時と同じように、韓国側が培ったノウハウを取り入れる必要もあると思いますが。いずれにせよ、海外に進出する場合は、まずライブを足がかりにするのが一番いいと思います。やっぱり視覚から入ってくるもの、体験できるものは強いんですよ。ソニーミュージックの契約アーティストでも、ヨーロッパや中国のツアーで成功している例が出始めています。まずライブからブレイクして、パッケージビジネスや配信ビジネス、マーチャンダイズへと可能性を探っていく形がスムーズだと思いますね。

入場料金とサービスの幅

北川さんが海外にいらっしゃる時、一人の観客として、その国のライブの事情などで、お気づきになる点はありますか。

北川:例えばニューヨークであれば、チケットの買い方一つでも色々ありますよね。それ程お客さんが入っていないミュージカルなどは半額で買うこともできますし、どうしても観たい話題作であればホテルのコンシェルジュに頼むと必ず手に入りますが、料金は割高になります。

山崎:日本はいい意味で、ユーザーの間でもモラルが浸透していて、チケットを正規のルート、正規の価格で買ってくださる方が多い。これはこれで大変ありがたいことですが、我々プロモーター側が入場料金はいくらが妥当なのか、チケットの適正価格とはいくらなのかを、もっとシビアに考える必要はあるかもしれません。先日、ニューヨークに行って、ブロードウェイの劇場に足を運んだら、プレミアムシートが250ドルでした。普通のS券、いわゆるオーケストラシートは125ドル。ブロードウェイでは、この2年で大体20%チケット料金が上がっていて、尚かつプレミアムという価格設定が加わっているんです。仕事仲間のプロデューサーに「景気はどう?」と聞くと、「動員は下がったけど、チケットの価格設定に幅をもたせて、売上はキープしている」と。つまり、通常の料金より高くていいから、どうしても観たいというお客さんを、ちゃんと開拓しているわけです。

北川:アメリカでは、単純にライブを観るというだけではなく、付加価値が付いてきますよね。バックヤードを見学できるツアーがあったり、アーティストと握手できたり。客席前列に座ると、アーティストとハイタッチができるサービスもあるらしいですね。すべてメニュー化されていて、その都度、追加料金が加算されるという。

山崎:追加メニューに対して、喜んでお金を払うお客さんがいますから、決して暴利を貪っているわけではないんですよね。

北川:それがベタな感じではなく、スマートでカッコいいサービスになっていることがポイントだと思うんです。一歩間違えると、アーティストも「何でそんなことまでしなきゃいけないの?」という気持ちになってしまうところを、ライブをプロモートする側とアーティストが一体になって、何の違和感もなくサービスを徹底している。もっと言えば、例えばリストバンドにUSBが組み込まれていて、ライブが終わった瞬間にゲートに差し込むと、今日のライブのメインの曲をダウンロードできるようになると、そこにレコード会社も参加することになる。日本でも業態の垣根を越えて、ライブ全体を一つの体験として商品化できるようになるといいかもしれません。

山崎:僕らの世代の感覚だと、レコード会社とプロモーターの間には、目に見えない壁があったと思いますが、これからの音楽業界を担っていく若い世代は、北川さんがおっしゃったように、スマートな接点というか、ごく自然にシェイクハンドできるような関係になる可能性は高いと思います。

「日本オリジナル」が重要

今年のTIMMでは、昨年に続いてアニメソングがフィーチャーされますが、アニソンに絞ったラインアップになっているのは、どんな理由からなのでしょうか。

昨年の「アニソンライブ」に出演した(上から)スフィア、下川みくに、腐男塾

北川:例えばソニーミュージックのアニメ制作会社(アニプレックス)の作品は、宮崎駿監督作品のような大ヒットはありませんが、それでも世界中に浸透していることは実感できるんです。どこかの地域、都市に偏っているわけでもなく、非常に広範囲にわたってファンがいます。アニメファンにとっては、オリジナルの主題歌も非常に重要で、海外でアニメフェスティバルが開かれると、主題歌を歌っているアーティストはすごく認知されていますし、ファンはみんな日本語で歌ってくれます。日本のポップカルチャーには、色々な側面があって然るべきだと思うんですが、こういった経験を踏まえても、現在はアニメやゲームが、まず先行して世界に受け入れられていることは確かでしょうね。そして、先程も申し上げた通りアニメやゲームと音楽の親和性の高さは、世界でも認められていることですので、TIMMのライブも最も分かりやすくアニソンに絞るのがいいのではないかと。山崎:ゲーム関連で言えば、11月にキョードー東京が『ファイナルファンタジー』の生誕20周年を記念したクラシック・コンサート(『Distant Worlds music from FINAL FANTASY』)を招聘するんです。これはアメリカのコロムビアの指揮者が、『ファイナルファンタジー』で使われている楽曲が大好きで、自分達でオーケストレーションを作って世界中を回っているツアーなんですね。それが全米やヨーロッパ、アジア各国で公演されて、大ヒットを記録しているんです。そのツアーをうちが招聘するということは、つまり「日本のコンテンツをアメリカ人がコンバインしたコンサートを日本が招聘する」という(笑)、非常に不思議な話になるわけで……アニメやゲームの世界では、こういったことが普通にあり得るんでしょうね。最初は正直、ゲームの楽曲がオーケストラで演奏されると聞いても、ピンとこなかったんです。

北川:『ファイナルファンタジー』は、キャラクターにしろデザインにしろ、アートとして認められていますしね。

山崎:僕もプロモートを開始して、本当に驚きました。東京国際フォーラムのホールA、2公演の10000席が、ありがたいことに完売ですよ。しかも、大きな宣伝費はかけていないんです。

北川:アニメやゲームのファンは、インターネットを使って彼らから情報を探してくれるんですよ。海外のファンや音楽関係者も全く同じで、日本のポップカルチャーの情報をネット環境の中で本当によくチェックしてくれています。アニメやゲーム以外でも、モーニング娘。やAKB48、ヴィジュアル系バンド全般、ソニーミュージックのアーティストの中では、制服を着て演奏する女性バンドのSCANDALなどが彼らの心に刺さるようですね。やはり「AKIBA」「OTAKU」「KAWAII」といったキーワードに引っかかるものが強い。TIMMでプレゼンテーションするものも、こちらから決め込むのではなくて、彼らが支持しているものを、素直に提出していくほうがリアリティがあると思います。

最後に、TIMMだけではなく、PROMIC全体の音楽業界における役割は、どのようにお考えですか。

北川:現在のような不況下であれば、海外進出といっても、どんなアーティストでも世界へ持って行く、というわけにはいかないと思います。最初に申し上げた通り、日本のマーケットは世界に比べれば、まだ一定の規模を保っていますから、アーティストによっては、わざわざ海外を目指す理由もなかなか見つからない面もある。そんな中、どうやったら効率的に日本のコンテンツの魅力を伝えられるかがPROMICのテーマで、そのためには各国の事情の違いや「実は今、日本のこんなアーティストがこの国で注目されています」といった情報をキャッチアップして、広く音楽業界全体に広報していきたいですね。


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