会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

音楽は「タダ」ではない 一曲一曲の命を大切に

ライブ・エンタテインメントから ヒット曲、スタンダード曲を生み出すには

撮影:宇都宮輝(鋤田事務所)

「音源のビジネスとライブを連携させて、 相乗効果が生まれるようなムードをつくりたい」(中西)
「ライブもそれぞれの会場が連動した ストーリーができるといいですよね」(朝妻)

日本の音楽産業は世界でも独自の発展を遂げてきた面があります。しかし、時に世界各国の業界の現状や歴史から学び、自国に足りない点や未来へのヒントを探ることも必要です。そんな時に教えを請うべき「ミュージック・ビジネス・マスター」、朝妻一郎さんに今号のゲストとしてご登場いただきました。朝妻さんは音楽出版業に長年携わってきた経験から、ヒット曲の大切さを各メディアで発言し、また自身の原稿でも書かれてきました。音源ビジネスの柱である「ヒット曲」と「ライブ・エンタテインメント」は、関連づけて語られることが決して多くはありませんが、中西健夫ACPC会長との会話からは、両者のつながりが手繰り寄せられそうです。

中西:ここ数年はボーダレスになってきましたので、コンサートプロモーターがプロダクションの業務を手がけることもあれば、プロダクションが音楽出版社を持っているケースもあります。とはいえ、日常的な仕事の中で、ACPC会員社が音楽出版社の皆さんと直接コミュニケーションをとることは少ないですよね。

朝妻:プロモーターの方々からすると、演奏権使用料をJASRACへ支払う際に、その先に音楽出版社がいることを多少は意識してくださっている感じでしょうか。ちょっとうるさい存在として(笑)。

中西:いやいや(笑)。僕らには団体協定締結のためにJASRACとやり取りをしてきた歴史がありますが、ライブ・エンタテインメントの市場が拡大していくにしたがって、演奏権使用料の額がかなり大きくなってきましたので、現場では負担に感じる時があるかもしれません。

朝妻:ACPCとJASRACの団体協定によって、コンサートにおける楽曲使用の環境が大きく進化したことは間違いありません。コンサートを開催する以上、演奏権使用料というコストが必ずかかる。そういう認識をプロモーターの方々には持っていただけていると思います。一方でデジタル環境では、音楽はタダで使えるという誤った認識が一般的にも広がっています。インターネット上でビジネスをする人達が、楽曲の使用料を最初から必要経費として計上したビジネスモデルを定着させる前に、先にユーザーの間で音楽をタダで使える仕組みが浸透してしまったんです。

中西:音楽産業全体にとって、それは本当に大きな問題だと思います。

朝妻:デジタルの状況と比較すると、ライブでの楽曲使用はACPCの皆さんの長年の取り組みによって、良い環境ができていると思いますが、音楽出版社の立場から一つだけお願いすると、よりきめの細かい対応をしていただければ、ありがたいですね。ツアーが開始される時にセットリストを提出していただいていると思いますが、公演によってアンコールの曲だけ変わったりするじゃないですか。現場のプロモーターの方にとっては、手間がかかる作業になるのは承知の上で、一曲一曲に対しても、ぜひまめに申請することを忘れないでいただきたいなと。我々の仕事は、一曲の使用料が作詞家・作曲家にきちんと入るようにすることですから。その積み重ねによって、楽曲の命を少しでも長くして、できるだけ多くのスタンダードを生み出すことが、音楽出版社の最も大切な役割なんです。

中西:スタンダードを生み出すには、最近のカバーブームも追い風になりますよね。

朝妻:徳永英明さんに代表されるカバーブームによって、過去の曲を見直す気運が高まったのは本当に良い傾向だと思います。例えばジェイムス・テイラーという有名なシンガー・ソングライターがいますが、彼の代表的なヒット曲はサム・クックの「Wonderful World」、キャロル・キングの「You've Got A Friend」などカバー曲も多いんです。それでも彼のシンガー・ソングライターとしての評価が下がるわけではない。日本はオリジナル尊重主義が強くて、他のアーティストの曲を歌うと、才能がないといわれてしまう場合もあります。でも本当は、カバーをやることによってアーティストは自分の幅を広げられると思うんですよ。

中西:昔の素晴らしい楽曲はこれからも愛されていくと思いますが、今の時代に新しいスタンダードが生まれるかといえば、ちょっと心配になります。この先10年、20年と歌い継がれていく曲があるのかなと。

朝妻:本当にそうですね。今は誰もが知っているヒット曲自体がなくなってきているし、高いセールスを記録しているのは特定のアーティストに偏っていたりしますから。レコード、CDが中心だった時代とは違う何か新しい基準を見つけて、業界全体でヒット曲を生み出す仕組みをなんとかして作らないといけないですね。

中西:ライブ・エンタテインメントからヒット曲、スタンダード曲が誕生する可能性もあるんじゃないでしょうか。例えば小田和正さんは、ライブ活動を積極的に行われていて、ドームツアーができる程の動員力がありますよね。そのライブの積み重ねの中から、自分の曲をスタンダードに育てているように思います。

朝妻:アメリカのビルボードでは、通常のヒットチャートだけではなくて、今週アーティストがライブ・パフォーマンスでどれくらい稼いだかをチャートにして発表していますね。それを見ることによって、ファンは「ああ、このアーティストはこんなに動員しているんだ。今度ライブに行ってみようかな」となるかも知れないし、業界内では「このアーティストがこれだけライブをやっているのなら、自分の曲を歌ってもらおう」と売り込みのきっかけにもなる。

中西:音源のビジネスとライブ、もっというと音楽以外のエンタテインメントも連携させて、相乗効果が生まれるようなムードをつくりたいんですよ。

朝妻:ライブもそれぞれの会場が連動したストーリーができるといいですよね。小さいハコから始まって、鯉の滝のぼりじゃないけれど、ステップが見えるような流れをプロモーターがつくってくれるといいですね。

中西:以前は例えばエッグマンから始まって、次は渋谷公会堂でやりたい、その次は武道館、最終的には東京ドームといった、分かりやすいステップがありました。今はその過程にある会場が、東京オリンピック・パラリンピックを前にした閉鎖で使えなくなってしまうことが大きな問題になっています。そういう時代だからこそ、目標を一つ一つクリアしていく大切さを考えるべきかもしれません。


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