会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

業界のセルフポートレイト

中西:我々の業界の特性、職種によって働き方や労働時間にどうしても幅が出てしまうこと、そして中小企業の現実を関係省庁の皆さんにもきちんと説明する、いわゆるロビー活動も積極的に行い始めています。それについても業界を挙げて臨む姿勢がポイントになってくると思います。

「働き方」とは我々の根幹なんです。自分達の仕事の自己規定から始めなくては。
横田健二
PROFILE よこた・けんじ
1956年、東京都生まれ。77年、共立に入社。96年、同社にて空間演出の企画・設計・施工を業務としたスペース開発センターを立ち上げ、99年にセンター長就任。2004年、指定管理者・PFIプロジェクトを立ち上げ、室長就任。2005年以降、執行役員、取締役、常務取締役を歴任した後、2014年に代表取締役(第10代社長)就任。2022年、取締役会長就任。現在、全国舞台テレビ照明事業協同組合副理事長、NPO法人日本舞台技術安全協会(JASST)副理事長、日本舞台音響事業協同組合副理事長、日本舞台技術スタッフ団体連合会代表理事も務める。

横田:今、スタッフ連合会でやろうとしているのは、自分達の仕事をはっきり自己規定することなんです。コロナ禍でのセーフティーネットを発動させるために、行政側と交渉し始めた時に「皆さんの業種はなんですか?」と聞かれて、「えっ?」となってしまったんです(笑)。産業分類で考えてみても「サービス業のその他のその他」みたいな分類しか思いつきませんでした。

中西:確かに「自分達の業種はなんなのか」なんて普段は考えないですからね(笑)。「コンサートプロモーター」という仕事を、誰にでも分かるように説明するのは本当に難しいです。

横田:日々の仕事をこなす中で、産業分類を問われることは全くありませんから。でも、自分達の仕事の内容、現実を理解してもらおうとするなら、まずそこから始めないといけないんです。産業分類をはっきりしないと。ただでさえ舞台関連、エンタテインメント関連の仕事の実態は伝わりづらいですから、一歩一歩、段階を踏んで説明をする必要があるんですよ。我々は今まで、自分達の仕事を良くも悪くも特別なもの、世間の人には理解されにくいものみたいに考えていて、説明から逃げていた傾向がありました。それが現在は通用しなくなってきていると思います。

中西:自分達のことを言葉で説明できないと、ロビー活動はできないですよね。

横田:自画像を描けないと、どこへ行っても門前払いではないですけど、行政や省庁に対する説得力を持てないですから。もう一つ、スタッフ連合会では舞台関係の各社に、現状の現場での問題点に関するアンケート調査をお願いし、現場で起こっている問題をリスト化しようとしています。それで見えてきたのは人件費の問題と、スケジュールと公演内容の早期開示のお願いです。主催者側としては最後までオープンにしたくない企画もあると思うので、公演内容の開示が遅くなることも充分理解できるのですが、提案を受けて作業する我々としては、スケジュール的に対応できなくなってしまう場合もあるんです。まず問題を明確に抽出して、スタッフ連合会としてコンサートプロモーターの皆さんにお願いさせていただこうと思っています。今後は会場にお願いしたいこと、行政なり省庁へお願いすべき問題も出てくると思います。

エンタテインメントの根幹

中西:これは経営者目線の話になりますが、働き方のことを語る際に、我々もまず業界の平均賃金を上げる努力をして、ある程度の水準を保った上で発言しないと、共感を得られないでしょう。これまでエンタテインメント企業の雇用者側が、被雇用者の「この世界が好きだから」「やりがいがある仕事だから」という気持ちに甘えて、待遇面の改善を怠ってきたのなら、そういう時代はもう終わっているのだと思います。我々も反省するべきところは反省して、胸を張って自分達の業界のことを説明できるようにならないといけませんね。今はネガティブな方向にばかり向かっているので、ネガもポジも一緒に飲み込んで、前に進むポジティブをつくらないと未来は見えてこないと思います。

横田:コロナの問題があり、その後、人材問題が危機的な段階になり、私達は日本のエンタテインメントの根幹を捉え直さなくてはいけなくなったのだと思います。人が集まり、働くことによってエンタテインメントが生まれるわけですから、「働き方」とは我々の根幹なんですよ。
まず働く人達のカテゴリーを整備する必要がありますよね。クリエイティブの部分と、実作業を担うハンドの部分。同じ業界でも両者の働き方は全然違います。他業種には裁量労働制(労働時間が労働者に委ねられている契約での仕事)と時間給で分けられている場合もありますが、我々の業界でもクリエイティブとハンドは給与体系が違ってもいいと思います。それとフリーランスの方達のユニオンの問題。イギリスやアメリカではユニオンの組織基盤がしっかりしていて、コロナ禍の支援金でも迅速に対応できました。さらにはライセンスをどう考えるか。調べてみると「舞台機構調整技能士」という音響の国家技能検定があって、これが唯一の舞台関係の資格なんです。技術職の人間が海外で仕事をする時、「どんなライセンスを持っているんだ?」と聞かれるのですが、オフィシャルのライセンスが他にないので答えられないんですよ。実際にライセンスがなくて現地でオペレートできなかった例もあります。公に認められた資格があれば明確なキャリアパスになりますので、こういったことのロビー活動も行う必要があります。やらなくてはいけないことは山積みですが、これらはすべて我々の業界の根幹に関わってきますので、業種を越えて解決への道を進んでいきたいですね。

中西:音響にしろ、照明にしろ、世界的に見ても日本の技術職の皆さんのレベルが高いのは周知の事実ですので、その技能を活かす土台さえしっかりしていれば、海外でも通用すると思います。

憧れを体現するスタッフ

横田:人材不足の背景には、そもそもこの業界を目指す若い人が少なくなってきていることもありますよね。待遇面の改善だけではなく、私達がもっと自分達の業界をアピールする必要もありますよね。「この業界に入ってきたら楽しいよ」と。今はSNSもありますし、動画を観ていただくこともできるわけですから、ACPCの皆さんとスタッフ連合会が協力して、スタッフにフォーカスしたコンテンツをつくりたいなと思っているんです。

中西:昔からずっと言っているのは、スタッフからスターをつくらなければいけない、ということです。スタッフのスターがいないと、スタッフがスタッフに憧れない、若い人がこの業界に憧れないですから。

横田:もちろんスタッフは裏方なのですが、自分に光が当たればやはりうれしいものです。あるコンサートの時にアルバイトのスタッフをみんな集めて、リハーサルを見学した後に、アーティストから「今日はみんなよろしく頼むね!」とひと声かけてもらったそうですが、それだけで若い人達が感動して、次のコンサートでもアルバイトとして参加してくれる人が多かったそうです。技術スタッフはシャイな人間が多いので、そんなことを言われたら下を向いてしまうと思いますが(笑)、やはり感動しますよ。

中西:僕も同じような経験があるので、そのエピソードはすごくいいと思います。あるアーティストが武道館ライブのMCで「中西、ありがとうな!」と言ってくれて、号泣しましたから(笑)。それで10年は仕事寿命が延びましたね。

横田:携わっている人達が一体となってコンサートをつくり上げて、アーティストがこんなに喜んでくれている――そんなシーンが我々の原点なんですよね。


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